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人生自分満足可其充分
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  経済特区日本。多国籍企業が特に密集しているここ東京のマンションに間借しているのは、一人暮らしには些か若すぎる少年だった。刹那・F・セイエイ。歳は十六である。見境なく跳ねまくった黒髪に、周囲は全て敵だと言わんばかりの色に染まった褐色の瞳。年齢よりも幼く見える童顔に浮かぶのは感慨のない表情ばかりだ。というのも、刹那は感情の出し方をよく知らないのだ。昔は無邪気に笑っていたのだろう、と言えばそれは本人ですらわからない。刹那自身、彼の過去は忌々しいものでしかなく、同時に己の枷であり、そして彼を今突き動かしているのは紛れもなくその過去が関係している。ただ、その過去が周囲の予想するような、微笑ましいものではなかった。それだけだ。
 今日のミッションは何も伝えられていない。何度携帯電話を見ても暗号通信記録はないし、刹那は暇を持て余していた。何気なくボタンを弄繰り回していると、出てきたのは昨夜エージェントの王留美から届いた「現状維持」を示す暗号。要するに、本日刹那は非番であった。
 何もすることがない。ベッドにごろんと寝転がり、未だ開けていない遮光カーテンの足元からは光が漏れ出ている。薄暗い部屋の唯一の光源は、それと刹那の手にある携帯電話の画面だけだ。このまま見つめていて何の意味があるのか。刹那は無言で携帯電話を閉じた。二度寝もいいだろう、と思い目を閉じる。しかし、任務のため不規則な生活をしているといっても長年かけて染み付いた生活習慣か、数時間睡眠をとれば仮眠無しの二日連続徹夜すら耐えられてしまうこの少年には一向に眠気が訪れない。パッチリ目を見開いたまま、刹那は身を捩り「暇」という敵に静かに立ち向かっていた。
 ピンポーン。
 玄関のチャイム。刹那は時刻を確認した。午前八時。特に予定はない。何か宅配を頼んだわけでもないしそんな連絡もない。来訪者にしては些か不自然な時間帯だ。
 ピンポーン。
 刹那は訝しげにベッドから降り、腰にショットガンがあることを確認した。そこで、インターフォンの映像を確認する。そこに見慣れた人物が映っているのを見て、軽く目を見開いた。少し息をつき、刹那はインターフォンの受話器をとった。
 「…はい」
 『セイエイさん、宅急便でーす』
 と、ふざけた調子で言う男に対し、刹那は無言で受話器を切り、玄関へと向かった。腰の銃を再度確認し、左手で扉を開ける。
 淡い茶髪に、緑色の双眸を柔らかに細め、手にはケーキの箱を持っている。自分より頭三つ分程高い位置にある男の顔を、刹那は怪訝そうに見上げた。
 「ロックオン・ストラトス」
 「よう。元気かー刹那」
 「…とりあえず、入れ」、と刹那はドアを広く開け、ロックオンに促した。フロアで話すのは人の目につきやすい。おかしな噂や詮索をされるのは好ましくない。
 ごく自然な動作でフロアを見渡し、誰もいないことを確認すると、刹那は扉を閉めた。「付けられてはいないはずだぜ」とロックオンが言う。
 「これ、駅前で買ってきたケーキ。結構お前、気に入ってたみたいだから」
 「ロックオン・ストラトス。一体何の用だ」
 人好きがいいと評判の笑顔にさえ、刹那の場合は警戒の対象でしかない。というよりも、彼の笑顔に絆されるマイスターはアレルヤくらいだ。彼の場合、年齢が近いせいもあるのだが。
 愛想ない刹那に苦笑しつつ、ロックオンはその頭を撫でた。刹那は無言でそれを振り払い、彼を睨み付ける。そんなつれない態度にロックオンは肩を竦めた。
 「俺も今日は非番でね。久々に地上に降りたから、遊びにきたってわけ」
 「なぜ」
 「何故って…まぁ俺が暇だったからってことにしといてくれよ。ってお前カーテンくらい開けろよ…部屋真っ暗じゃないか」
 全体を見回していうロックオンの表情は、暗がりでもよくわかった。彼は声で表情がわかる。素直、なのだろうか。それでも、それが真実そうであるかは刹那にはわからない。たとえ彼が同じガンダムマイスターであっても、自分にとっては他よりも信頼できる程度の、警戒すべき他人でしかない。刹那は「大人」が苦手だった。それも、男なら尚更だ。
 おもむろに廊下の照明を点け、刹那はカーテンを開ける。入ってきた日差しは暗がりに慣れた目には痛く、思わず顔を逸らした。
 「おじゃましまーす、と」
 勝手知ったる他人の家。「冷蔵庫に入れとくぞ」、と刹那の返事も聞かずにロックオンはケーキを仕舞い込んだ。特にプライベートを気にしていない刹那は何も言わず、フローリングに座り込んだ。何をするまでもなく、ぼーっとレースカーテンの外を見つめて。
 「どーした、刹那」
 まるで弟に接するかのような柔らかさで、ロックオンは問いかけた。刹那は「何も」と答えるだけで、視線は窓の外に向けたままだ。
 東京の空は平和だ。街も、人も、宇宙や世界で起こっている紛争を情報として片付け、自分とは関係ないといわんばかりに生きている。時折報道される戦地の映像を見るたび「怖い」だの「恐ろしい」だの言っている割に、結局彼らはそれらの本当の恐ろしさをしらないまま、知ろうともしないまま、ただ情報として片付けている。恵まれた国では皆こうだ。恵まれた環境を何の疑いもなく享受し、それを当然として受け入れ、果てには、更なる富を目指し相手を搾取する。それが紛争の原因だ。刹那はこの国が、この場所があまり好きではない。おそらく、この地上のどこにも彼が気に入る場所などありはしないのだ。落ち着く場所はあるとしても、彼が理想とする場所は、まだこの世界にはない。最も、それが出来る頃、自身はその地に立てないだろう。ソレスタル・ビーイングはその礎、否、世界にとって「悪魔」にしかなれない。自らを「神の御使い」と称した、矛盾した武力行使を続ける「悪魔」。
 「刹那。休めるときには休んだ方がいいぞ」
 突然の言葉に、刹那は反応が遅れた。視線を向けた声の主は労わるような、どこか厳しい表情を浮かべている。心配、だろうか。
 「疲れているわけじゃない」
 「そうは言うが…まぁ、俺も押しかけたから言える立場じゃねぇけど」
 「………」
 「気分転換にどっか行くか?」
 ハッとして、振り返る。ロックオンの視線は窓の外に向いていた。ごそごそと上着のポケットをまさぐり、中指にキーホルダーの止め具を絡めにこりと笑いかけてきた。
 用意周到。一瞬面食らった顔をしてから、刹那は重い腰を上げた。
 「静かなところがいい」
 世の喧騒も、幸せな人々の笑い声も、何もない場所に。
 了解、と緑色は暖かく細められた。
 
 
 
 
 連れられたところは、小高い丘だった。街か見渡せる程度の、国立公園。あまり人影がないのは、きっと今日が平日だからだ。
 途中寄ったパーキングエリアのファーストフードで、妙齢の女性店員は注文するロックオンに始終顔を赤らめながら受け応えし、刹那が目に入った瞬間、食いつかんばかりに「弟さんですか」と尋ねた。そのときは「誰が」という気分だったが、ここで否定しても面倒なのでそういうことにしておいた。擬似人格タイプR12。内容は「素直で元気いっぱいの弟」。刹那が元気よく「うん!」と答えたときのロックオンといえば、顔が引きつっていた。
 
 「空気が冷たくて気持ちいいな」
 背伸びして芝生に倒れこむロックオンは、本当にリラックスしているようだった。対して刹那は座り込むこともせず、ただ佇み眼下の街を見下ろしている。薄く見えるビルの色は全て白っぽく、どことなく計算された美しさがあった。
 刹那の故郷に、こんな風景はない。
 砂漠があり、瓦礫があり、銃声が止まず、巨大なモビルスーツが徘徊する、地獄。刹那の中にある故郷の姿はその時のまま止まっている。国を出て以来、それからどうなったのかなど知らない。その点では、自分も何ら、あのビルで埋め尽くされた楽園に住む人々と変わらないのだ。いや、自分と彼らは何も違わない。「違う」という明確な答えなどありはしない。寧ろ、ただ一線を引くだけで勝手に異なるものと判断すること自体が歪んでいる。それでも、「知ろうとしている人間」と「知ろうとしない人間」の差は大きい。残念ながら、世界は後者の方が多いのだ。
 静かな世界。風が草や葉を揺らす、のどかな場所。
 
 銃声の鳴り止まぬ世界。身の丈には余るライフルを抱えて走る自分。
 
 俺は、ここには、異物だ。
 
 「ロックオン・ストラトス」
 「んー?」
 「ここは静かだな」
 「そうだなぁ」
 「俺は、あまり落ち着かない」
 「…そっか」
 じゃあ、帰るか。
 せっかく連れてきてやったのに、と文句を言うわけでもなく、ロックオンは起き上がった。座り込んだまま離れた場所に立つ刹那を見上げ、少し顔を歪ませて、よっこいしょ、と立ち上がった。
 「確かに、俺たちには不似合いな場所だ」
 自嘲を滲ませた笑みを浮かべ、ロックオンはレンタカーの方へ踵を返した。何も言わなかったのは、彼も同じようなことを考えていたからだろうか。
 
 助手席に乗り、シートベルトを着用したのを確認すると、ロックオンはエンジンをかけた。時刻はもう昼を回っている。昼食はファーストフードで済ました。
 
 「帰ったら、ケーキだな」
 朗らかで優しい低音が風に消える。
 
 「甘ったるいものでないなら」
 「子供は素直に甘いもの食っとけ」
 苦く笑う大人の声には、哀れみすら滲んでいた。
 
 
 
 
 
 
            武力介入開始から、十日目の話。
 
 
 
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 目まぐるしい一日だった。と思う。あれからまだ二十四時間は経っていないはずだ、と、沙慈・クロスロードは腕時計を確認した。
 普通に宇宙ステーションでパネル作業をしていたところに、カタロンの内通者と疑われ、高重力下のコロニーで肉体労働されたと思ったら、アロウズによる、厳密に言えば対人兵器による掃討作戦。簡単に奪われていく命を、沙慈は黙って立ち竦むことしか出来ずにいたが、そこで手を差し伸べてくれたのは嘗ての隣人、刹那・F・セイエイだった。偶然にしたって、自分と面識のある人物に出会えたことに大きく感動した。けれど、それも束の間。
 
 彼はソレスタル・ビーイングのガンダムマイスターだった。
 どうして、と僕はまた立ち竦んだ。
 目の前に聳え立つガンダムに、そのコックピットへ迷うことなく乗り込んでいく刹那に。
 
 彼が、殺したというのか。僕の大切な人の家族を、僕の大切な人を傷つけた?彼が?
 
 沸いてきたのは困惑と、憎悪と、哀愁だ。
 
 ただ立ち竦む僕は、まもなくソレスタル・ビーイングに回収された。
 途中何人かの構成員らしき人に出会ったが、僕はそんなのも目に入らなかった。
 ただ、ガンダムから刹那が降りてきて、もう一方のガンダムから降りてきた人と親しげに話しているのが憎らしくて、僕は湧き上がる憎悪を訴えた。五年前に感じた無力感や悲しみがリアルにこみ上げてきて、僕は訴えた。
 
 「君達のせいで…ルイスも…ッ姉さんも……ッ居なくなったんだ!」
 「………」
 「何とか言えよ!?」
 彼の、刹那の懐に突進して、彼の腰にあった銃を奪った。彼は戦い慣れていたのに、こんなにも簡単に一般人に銃を奪わせてしまうのはおかしい。でも、頭に血が上りきっていた僕にはそんなのどうでもよかった。ただ目の前の存在が憎らしくて、慣れない銃向ける。いつでもトリガーが引けるように、人差し指を引き金にかけて。
 そうまでしても、刹那は何も言わなかった。初めて会った時と同じようにまっすぐな瞳で見つめ返してくる。弁解も、僕の主張を嗤うこともしない。だからといって曖昧に済ませようとするわけでもない。
 目を逸らした瞬間、僕は迷いもなく彼を撃つだろう。そんな勢いにも関わらず、刹那は怯みもしなかった。
 「言えよ…!」
 刹那は何も言わない。卑怯だ。その態度に、更に怒りが増す。
 「返してくれ…ふたりを…ッ!」
 脳裏に浮かぶのは、いつも元気に僕を連れ回したルイスと、いつも優しく笑いかけてくれた姉さん。
 けれど現実に映る者は、僕の大切なその二人を奪った男だ。
 銃を握る手が震える。撃て。撃つんだ。仇を。
 
 でも、僕は撃てなかった。
 そんな僕が不甲斐なくて、悔しくて、僕は叫んだ。
 
 「返してくれよぉおお!!」
 
 
 
 興奮状態だった僕は鎮静剤を打たれ、独房へと閉じ込められた。
 けれど待遇は監禁よりも軟禁に近く、ここの構成員であろう小さな女の子と、顔に小さな傷がある男の人がハロと呼ばれる端末?のようなものを残していった。情報の閲覧は可能だと言われたので、僕は迷いもなくキーボードを操作した。ルイスの家族についての情報が知れる機会だ。
 キーワードが一致し、表示された情報では、結局何の情報も掴めなかった。刹那達とは敵対関係にあり、ソレスタル・ビーイングの方針に反する者たちの所業。そんなことどうでもよかった。沙慈が知りたかったのは、「何故ルイスの家族が殺されなければならなかったのか」だ。肝心のそれが「UNKNOWN」では、意味がない。
 「ソイツラ、テキ、テキ」と連呼する赤ハロ。テキだかどうだか知らないが、どちらにしろ、ルイスや彼女の家族は、ソレスタル・ビーイングに傷つけられ、殺された。彼らの内情など、知らない。
 
 『自分のいる世界くらい、自分の目で見てみたらどうだ』
 不自然なまでに赤い色の目をした男が脳裏に浮かぶ。
 
 『君は現実を知らなさ過ぎる』
 
 「……それが、何だって言うんだ……」
 現実を知ったところで、何が変わる。
 そもそも、現実ってなんだ。戦いか。お前たちの言う、ただ奪い、破壊するだけの!
 
 「一体…何が……!」
 両足を抱き込んで、目を閉じる。
 赤ハロはいつの間にか黙り込んでいた。やけに静かなこの独房は、絶望しか与えてくれない。
 
 
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