どうしてアニューは行ってしまったんだろう。
わかってる。それは彼女がイノベイターだからだ。
そうじゃないかって、気づいてた。本当は、少し疑ってた。でも、それでも好きだった。彼女が自覚がないのをいいことに…いや、たとえ演技でもよかったんだ。俺はアニューが好きだ。愛してる。
だから、こんなときが来なければいいと思ってた。
…だが結果はどうだ。
アニューは行っちまったじゃねぇか。俺は何ができた?言葉を投げかけることしか出来なかった。遠ざかる小型艇に手を伸ばすばかりで、実際に掴もうともせず。それはあいつが好きだったから?愛していたから?だったらどうして俺はあのとき迷ったんだ。どうしてスコープ越しに小型艇を狙った?そのくせ、どうして俺は撃てなかった?
(何もかもが中途半端じゃねぇか…なさけねぇ)
ロックオンはまだ電力の戻らないコントロールルームでうな垂れていた。拳に力を入れようとしてもうまく入らない。ただただ自分の無力さに脱力した。こうしている間にも、敵は迫ってくるのだろう。その中にはきっとアニューもいるはずだ。目を閉じると、「愛してる」と言ったときの彼女の照れくさそうにしていたのが脳裏に浮かんだ。
「…ロックオン」
落ち着いた声が呼ぶ。
分かりきっている正体に、ロックオンはいつものように肩を竦め、力の入らなかった拳を無理矢理握り締めた。
(震えてやがる…)
それを気取られまいと、ロックオンは視界から刹那を外した。
「彼女は、戦場に出てくるぞ。奴らがこの機会を逃すとは思えない」
「…わかってるよ。言われなくてもやることはやる」
確認でもしにきたのか。“俺がちゃんとアニューを殺せるかどうか”?随分と仕事熱心だ。考えれば考えるほど湧くように出てくる皮肉を、ロックオンは声を抑えることで飲み込んだ。今感情を爆発させてどうなる。目の前のこいつを罵倒して、どうなる。現状は何も変わらねぇ。
「相手はイノベイターだ。俺たちの敵だ。トリガーくらい…」
そうだ。「撃つ」なんて行為はサークルに目標を合わせて人差し指を手前に引くけで簡単に引ける。相手が誰であれ、俺は、
「強がるな」
強い口調で言い放った刹那に、ロックオンは顔を顰めた。
冷めたような、何もかも悟ったような面構えで。自分より八歳年下のこの男に、よもや「強がるな」とは。ふつふつと苛立ちが湧き上がる。けれど、この男の言っていることも事実だと、ロックオンの中にある冷静さは理解していた。
「お前には戦う理由がない」
「あるさ。相手はイノベイターだ」
じくり、と胸のあたりが痛くなる。イノベイター。敵。アニューは、敵だ。ロックオンはひたすら自分にそう言い聞かせようとした。
しかし、次の言葉でそれはいっきに瓦解する。
「戦えない理由の方が強い」
「……ッ…」
言葉を、失った。
撃つ理由ならある。それはイノベイターだから。俺たちの敵だから。けど、それはどの枠だ?「俺たち」って、一体どこの枠組みでくくってる?
アニューはここを出て行くときに俺を誘ったじゃないか。「私と一緒に来る?」と。不敵そうな笑顔にはどこか辛そうな色が見えた。あれが精巧な演技だと言えばそれでおしまいだ。それでも、少なくともアニューは俺を愛してくれていたんじゃないのか。それとも不甲斐ない俺がそう信じたいだけなのか。
アニューは世界を裏で支配しようとするイノベイターで、俺はカタロンの諜報部所属ジーン1、そして、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、ロックオン・ストラトス。
そこまで考えて、気づいた。
(全部、立場の話だ)
客観的な立ち位置で人の覚悟が計れるものか。
あらゆる立場で比較して得た撃つ理由なんて、まさに机上の空論だ。アニューはアニューで、俺は俺だ。ジーン1でもなく、ロックオンでもなく俺はライル・ディランディとして、アニューが好きだった。今もそうだから、迷ってる。
撃つ理由よりも、撃てない理由の方が強い。
(ああその通りだよ刹那。でも、俺は…)
「もし、お前が万が一の時にもトリガーを引けないのなら」
刹那の言葉で思考が停止する。
「もしもの時は、俺が引く。その時は俺を恨めばいい」
簡単に言ってくれる。俺が迷ったらお前がアニューを殺すだって?恨むなら俺を恨めだと?
「カッコつけんなよガキが」
全ての苛立ちを込めた暴言にさえ、刹那が表情を変えることはなかった。
そして、アニューはダブルオーから放たれた閃光によって、死んだ。
俺の、目の前で。
コンテナにケルディムを固定するなり、俺はコックピットから飛び降りた。被っているヘルメットの中で浮かぶ水滴が鬱陶しくて、殴りつけるようにどこかに放り投げた。コンテナに待機していた沙慈とかいう男を視界に入れ、乱暴にその胸倉を掴んだ。
「刹那はどこだ!」
ヒッと咽喉を鳴らしていたがそんなことはどうでもいい。沙慈は震えた声でコントロールルームだと答えた。チッと舌打ちをしながら、まだ艦内全体に電力が行き届いていない暗い通路を進む。
いつの間にか、涙は枯れてしまっていた。眼球はすっかり乾いて、今はただ怒りしか湧いてこない。さっきまで彼女を喪った喪失感に涙していたのが嘘なくらいに、視界は真っ赤に染まっていた。
「ロックオン!」
背後から声がかかる。聞き覚えのある声だ。たぶん、マイスターの誰かだろう。既にそれすら判別できないくらい、ロックオンは前後不覚に陥っていた。ただ、眼前に青いパイロットスーツに身を包んだ男を見つけるなり、ロックオンは掴みかかった。
「やめろ!ロックオン!」
また誰かの声がする。誰かが俺を止めようとしている。怒り狂った俺を。
自分よりも低い位置にある赤銅色の瞳は、感慨もなく俺を見上げていた。こいつが、この手が、こいつという存在が、
「貴様がァ!!」
力のままにその頬を殴りつけた。グローブが手を覆っているにも関わらず、じんじんと鈍い痛みが広がる。殴られた方はそれ以上の痛みだろう。だがこんなのじゃ足りない。宙に浮かぶ成人男性にしては小柄な体を背後のシートの背に打ち付けるように固定して、もう一度殴りつける。
「…ぅ…っ」
小さな呻き声があがる。あの時アニューは泣いていた。最期に見たのは嬉しそうな笑みだった。でも、アニューは泣いていた。分かり合えていたと分かった瞬間に、アニューの命は散ってしまった。
アニューは、此方に戻ろうとしていたのに。俺のところに帰ってこようとしていたのに…!
「何故アニューを殺した!?」
三発目。
首元を掴みあげて見えた憎い男の顔は、俺が殴ったせいで赤く腫れるどころか紫に変色していて、唇からは血が伝っている。いつも相手を射抜くような真っ直ぐとした赤銅色には力がなく、ただ俺を見下ろしていた。
なんでだ、なんでお前がそんな顔をする…!?
「アニューは戻ろうとしていたんだ!なのに!!」
四発目。
「もうやめろロックオン!」
「止めるな!!!」
それまで静観していたティエリアにさえ、刹那はそろそろ限界に見えていた。これ以上は、危険だ。刹那が殺される。
しかし、ロックオンの怒りは未だ収まらない。
「よくも…ッ!!」
懇親の一撃すら、刹那は避けなかった。
ロックオンはそのまま刹那に倒れこんだ。力を使い果たした腕は、尚も訴えるように刹那の胸を叩いた。肩が震えて、また嗚咽が出て、涙が出る。ここで刹那を嬲り殺したところで、アニューが戻ってくるわけじゃない。わかってんだ。わかってんだよ。
「アニュー…っ」
泣き崩れたロックオンに、差し伸べる手はもう、ない。
ティエリアやアレルヤは呆然とその姿を見ていた。遠くで落ち着かないでいた沙慈も、自分とルイスを重ね、たまらなくなりその場を後にする。
刹那はただ、ロックオンを見下ろした。「恨むなら俺を恨め」と言ったのは自分だ。ちゃんと恨んでくれたことに刹那は感謝していた。こう言ったら、ロックオンはまた怒るだろう。
何をするでもなく、刹那はただじっとしていた。ロックオンが泣き止むまで、ずっと。
---------------------------------------------
うろ覚えなので会話順違うかもしれないが。まぁ私なりの補完です。
どっちつかずな子は見てて可愛いと思いますが、時にそれは大きな過ちを生むのは沙慈で証明されているので、ライルはそうならないでほしいと思う。この先も。自棄になって兄さんみたいに死ぬなよー。
たぶんライルはあとでアレルヤあたりに鎮静剤打たれて強制的に眠らされてると思います。
それにしてもうん、ライルをロックオンと表記するのは、やはり違和感。やっぱりロックオンは兄貴なんだよなぁ。
それにしても来週の「最近の君はどこかおかしいよ…今までと、何かが…」はアレルヤから刹那へのあれか?
次回予告でも「刹那、その扉の向こうへ」とかあったしなぁ。漸くせっつんの異常が解き明かされるんですね。そしてまた空気を読まずグラ…ミスターブシドーが出てくるわけですね。もういいんじゃないかなブシドー。いつもせっつんの不調に狙ったように出てくるから…いけすかねぇ…だが好きだ←
わかってる。それは彼女がイノベイターだからだ。
そうじゃないかって、気づいてた。本当は、少し疑ってた。でも、それでも好きだった。彼女が自覚がないのをいいことに…いや、たとえ演技でもよかったんだ。俺はアニューが好きだ。愛してる。
だから、こんなときが来なければいいと思ってた。
…だが結果はどうだ。
アニューは行っちまったじゃねぇか。俺は何ができた?言葉を投げかけることしか出来なかった。遠ざかる小型艇に手を伸ばすばかりで、実際に掴もうともせず。それはあいつが好きだったから?愛していたから?だったらどうして俺はあのとき迷ったんだ。どうしてスコープ越しに小型艇を狙った?そのくせ、どうして俺は撃てなかった?
(何もかもが中途半端じゃねぇか…なさけねぇ)
ロックオンはまだ電力の戻らないコントロールルームでうな垂れていた。拳に力を入れようとしてもうまく入らない。ただただ自分の無力さに脱力した。こうしている間にも、敵は迫ってくるのだろう。その中にはきっとアニューもいるはずだ。目を閉じると、「愛してる」と言ったときの彼女の照れくさそうにしていたのが脳裏に浮かんだ。
「…ロックオン」
落ち着いた声が呼ぶ。
分かりきっている正体に、ロックオンはいつものように肩を竦め、力の入らなかった拳を無理矢理握り締めた。
(震えてやがる…)
それを気取られまいと、ロックオンは視界から刹那を外した。
「彼女は、戦場に出てくるぞ。奴らがこの機会を逃すとは思えない」
「…わかってるよ。言われなくてもやることはやる」
確認でもしにきたのか。“俺がちゃんとアニューを殺せるかどうか”?随分と仕事熱心だ。考えれば考えるほど湧くように出てくる皮肉を、ロックオンは声を抑えることで飲み込んだ。今感情を爆発させてどうなる。目の前のこいつを罵倒して、どうなる。現状は何も変わらねぇ。
「相手はイノベイターだ。俺たちの敵だ。トリガーくらい…」
そうだ。「撃つ」なんて行為はサークルに目標を合わせて人差し指を手前に引くけで簡単に引ける。相手が誰であれ、俺は、
「強がるな」
強い口調で言い放った刹那に、ロックオンは顔を顰めた。
冷めたような、何もかも悟ったような面構えで。自分より八歳年下のこの男に、よもや「強がるな」とは。ふつふつと苛立ちが湧き上がる。けれど、この男の言っていることも事実だと、ロックオンの中にある冷静さは理解していた。
「お前には戦う理由がない」
「あるさ。相手はイノベイターだ」
じくり、と胸のあたりが痛くなる。イノベイター。敵。アニューは、敵だ。ロックオンはひたすら自分にそう言い聞かせようとした。
しかし、次の言葉でそれはいっきに瓦解する。
「戦えない理由の方が強い」
「……ッ…」
言葉を、失った。
撃つ理由ならある。それはイノベイターだから。俺たちの敵だから。けど、それはどの枠だ?「俺たち」って、一体どこの枠組みでくくってる?
アニューはここを出て行くときに俺を誘ったじゃないか。「私と一緒に来る?」と。不敵そうな笑顔にはどこか辛そうな色が見えた。あれが精巧な演技だと言えばそれでおしまいだ。それでも、少なくともアニューは俺を愛してくれていたんじゃないのか。それとも不甲斐ない俺がそう信じたいだけなのか。
アニューは世界を裏で支配しようとするイノベイターで、俺はカタロンの諜報部所属ジーン1、そして、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、ロックオン・ストラトス。
そこまで考えて、気づいた。
(全部、立場の話だ)
客観的な立ち位置で人の覚悟が計れるものか。
あらゆる立場で比較して得た撃つ理由なんて、まさに机上の空論だ。アニューはアニューで、俺は俺だ。ジーン1でもなく、ロックオンでもなく俺はライル・ディランディとして、アニューが好きだった。今もそうだから、迷ってる。
撃つ理由よりも、撃てない理由の方が強い。
(ああその通りだよ刹那。でも、俺は…)
「もし、お前が万が一の時にもトリガーを引けないのなら」
刹那の言葉で思考が停止する。
「もしもの時は、俺が引く。その時は俺を恨めばいい」
簡単に言ってくれる。俺が迷ったらお前がアニューを殺すだって?恨むなら俺を恨めだと?
「カッコつけんなよガキが」
全ての苛立ちを込めた暴言にさえ、刹那が表情を変えることはなかった。
そして、アニューはダブルオーから放たれた閃光によって、死んだ。
俺の、目の前で。
コンテナにケルディムを固定するなり、俺はコックピットから飛び降りた。被っているヘルメットの中で浮かぶ水滴が鬱陶しくて、殴りつけるようにどこかに放り投げた。コンテナに待機していた沙慈とかいう男を視界に入れ、乱暴にその胸倉を掴んだ。
「刹那はどこだ!」
ヒッと咽喉を鳴らしていたがそんなことはどうでもいい。沙慈は震えた声でコントロールルームだと答えた。チッと舌打ちをしながら、まだ艦内全体に電力が行き届いていない暗い通路を進む。
いつの間にか、涙は枯れてしまっていた。眼球はすっかり乾いて、今はただ怒りしか湧いてこない。さっきまで彼女を喪った喪失感に涙していたのが嘘なくらいに、視界は真っ赤に染まっていた。
「ロックオン!」
背後から声がかかる。聞き覚えのある声だ。たぶん、マイスターの誰かだろう。既にそれすら判別できないくらい、ロックオンは前後不覚に陥っていた。ただ、眼前に青いパイロットスーツに身を包んだ男を見つけるなり、ロックオンは掴みかかった。
「やめろ!ロックオン!」
また誰かの声がする。誰かが俺を止めようとしている。怒り狂った俺を。
自分よりも低い位置にある赤銅色の瞳は、感慨もなく俺を見上げていた。こいつが、この手が、こいつという存在が、
「貴様がァ!!」
力のままにその頬を殴りつけた。グローブが手を覆っているにも関わらず、じんじんと鈍い痛みが広がる。殴られた方はそれ以上の痛みだろう。だがこんなのじゃ足りない。宙に浮かぶ成人男性にしては小柄な体を背後のシートの背に打ち付けるように固定して、もう一度殴りつける。
「…ぅ…っ」
小さな呻き声があがる。あの時アニューは泣いていた。最期に見たのは嬉しそうな笑みだった。でも、アニューは泣いていた。分かり合えていたと分かった瞬間に、アニューの命は散ってしまった。
アニューは、此方に戻ろうとしていたのに。俺のところに帰ってこようとしていたのに…!
「何故アニューを殺した!?」
三発目。
首元を掴みあげて見えた憎い男の顔は、俺が殴ったせいで赤く腫れるどころか紫に変色していて、唇からは血が伝っている。いつも相手を射抜くような真っ直ぐとした赤銅色には力がなく、ただ俺を見下ろしていた。
なんでだ、なんでお前がそんな顔をする…!?
「アニューは戻ろうとしていたんだ!なのに!!」
四発目。
「もうやめろロックオン!」
「止めるな!!!」
それまで静観していたティエリアにさえ、刹那はそろそろ限界に見えていた。これ以上は、危険だ。刹那が殺される。
しかし、ロックオンの怒りは未だ収まらない。
「よくも…ッ!!」
懇親の一撃すら、刹那は避けなかった。
ロックオンはそのまま刹那に倒れこんだ。力を使い果たした腕は、尚も訴えるように刹那の胸を叩いた。肩が震えて、また嗚咽が出て、涙が出る。ここで刹那を嬲り殺したところで、アニューが戻ってくるわけじゃない。わかってんだ。わかってんだよ。
「アニュー…っ」
泣き崩れたロックオンに、差し伸べる手はもう、ない。
ティエリアやアレルヤは呆然とその姿を見ていた。遠くで落ち着かないでいた沙慈も、自分とルイスを重ね、たまらなくなりその場を後にする。
刹那はただ、ロックオンを見下ろした。「恨むなら俺を恨め」と言ったのは自分だ。ちゃんと恨んでくれたことに刹那は感謝していた。こう言ったら、ロックオンはまた怒るだろう。
何をするでもなく、刹那はただじっとしていた。ロックオンが泣き止むまで、ずっと。
---------------------------------------------
うろ覚えなので会話順違うかもしれないが。まぁ私なりの補完です。
どっちつかずな子は見てて可愛いと思いますが、時にそれは大きな過ちを生むのは沙慈で証明されているので、ライルはそうならないでほしいと思う。この先も。自棄になって兄さんみたいに死ぬなよー。
たぶんライルはあとでアレルヤあたりに鎮静剤打たれて強制的に眠らされてると思います。
それにしてもうん、ライルをロックオンと表記するのは、やはり違和感。やっぱりロックオンは兄貴なんだよなぁ。
それにしても来週の「最近の君はどこかおかしいよ…今までと、何かが…」はアレルヤから刹那へのあれか?
次回予告でも「刹那、その扉の向こうへ」とかあったしなぁ。漸くせっつんの異常が解き明かされるんですね。そしてまた空気を読まずグラ…ミスターブシドーが出てくるわけですね。もういいんじゃないかなブシドー。いつもせっつんの不調に狙ったように出てくるから…いけすかねぇ…だが好きだ←
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