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人生自分満足可其充分
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 ――ごめんねセーちゃん。育児放棄する俺を許して!

 高そうな羊皮紙に書かれた端整な字面は見覚えがあったけれど、私は思わず首を傾げた。
 きっとこれはフランスさんが書いたものだ。でも育児放棄とは一体なんのことなのやら。さっぱりわからない。
 私はフランスさんの保護下(事実上植民地だ)にいる。育児放棄、フランスさんは私をなんだと思っていたのだろう。いや、あの人に比べたら私なんか全然ひよっこなのはわかってますけど。
 そうか、放棄するのか。放棄ってなんだろう。フランスさん、まだ私フランス語の勉強の途中なんですよ?

 手紙には続きがあった。

 ――イギリスとの談判で負けちまったんだ。不甲斐ないお兄さんでごめん。君はこれからイギリス領になる。
 イギリス?イギリスって、フランスさんがいつも愚痴ってたヤツですよね?
 ――とりあえず侵略はされないだろうけど、気をつけてね。
 気をつけてね、て言われても。
 ――あとあいつの料理は食っちゃダメだよ!アメリカの二の舞になっちゃうから!!ぜぇっったい食べちゃダメだからね!
 アメリカ、て誰ですか。
 ――お兄さんはいつでもお前の味方だからな。元気でな、セシェル。
 とりとめない内容を綺麗にまとめようとしてませんか、フランスさん。

 手紙の半分も理解出来ないまま、私は地味に落ち込んでいた。フランスさんは好きだ。優しいし、ご飯美味しいし、ご飯美味しいし。けれどこの手紙によれば、もうフランスさんはここには来れないらしい。それはとても残念だ。しかも、これからはフランスさんとは別の国の植民地になるとかなんとか。しかもしかも、フランスさんととっっても仲が悪いと定評のあるイギリスという国と。(これはセーシェルの上司がぼやいていたことだ。)
 不安だ。特にこの手紙が無駄に不安を煽る。「侵略はされないだろうけど、気をつけてね」。
 私はこれまで何度も侵略されそうになった。でもそれはフランスさんがどうにか守ってくれていたから、暫くは安心して暮らせた。でもそれも今日で終わりだと言うのだろうか。

 「セーシェル。入りますよ」
 上司さんの呼ぶ声がする。
 「え、あ、はいぃ!」
 私は急いで手紙を隠した。何かやましいことでもしてる気分だ。私は悪くないのに!
 扉が開く。最初に入ってきたのは小麦色の肌が眩しい上司さんで、もう一人はフランスさんと同じくらい、いや、いっそ不健康そうに見えるほど白い肌の男の人が続いて入ってきた。
 「此方が、我が国で御座います」
 男の人よりもっともっと年上のはずの上司さんは何故か敬語だった。しかも、少し脂汗が出てる。どうしてそんなに緊張しているんだろう。
 「セーシェル!早くご挨拶せんか!」
 「ふへっ!?あ、セシェルっす、よろしくです」
 普通に挨拶したはずなのに、上司さんの顔は真っ青になった。
 「お前という奴は…!申し訳御座いません!」
 「かなり癪だがフランス語の心得はある」
 忌々しい、と舌打ちを打った。怖い。こんな柄の悪い男を見たのは初めてだ。私の国の人達はみんな気のいい人達で、フランスさんも良い人だったのに。
 そして予感する。フランスさんはいつも言っていた。「アイツはとてつもなく柄が悪い」と。私の勘は大抵いつもはずれるのだ。だから、今回もどうか、どうかそれであって!!
 「俺はイギリス。今日からお前の宗主となる国だ」
 「ちくしょう合ってたぁああああ!!!!」
 「セ、セーシェル!!言葉を慎みなさい!」
 そんなこと知るかあああ!!あああ私どうなるの!?どうなるの!?助けてフランスさん!
 「うるさい…」
 「も、申し訳ございませ…!」
 「お前もうぜえ。…下がれ。国同士で話がある」
 「は、はい…!」
 顔面蒼白にしながら上司さんは部屋を出て行く。え、ちょっと何処に行くんですかふざけんなコノヤロー置いてくな!
 パタン、と扉が閉まる。この部屋には私と悪魔だけ。開け放たれた窓から入ってくる風はとっても清々しいのに背中には嫌な汗が流れる。ここから早く逃げないと。じりじりと後ずさる。
 「おい。なんで逃げる」
 「ヒィッ!ちょ、近寄んなこの眉毛!」
 「ああ?てめ今なんつったカジキ女」
 眉毛って言ったのよこの眉毛!私が叫ぶと悪魔はほんとに悪魔のよう顔を歪めた。
 次の瞬間、私の丁度後ろの方にあった壁に穴が空いた。小さな穴からは外の光が差し込んでいる。
 「…へ…」
 呆然と悪魔を振り返ると、悪魔の握っている綺麗な金属が光った物の先から何か煙が出ていた。
 確かあれは、フランスさんが持っていたのと同じような奴だ。フランスさんは、確か、ピストルだと。
 「クソ髭の国の言葉に、その暴言……吐き気がする」
 「え…」
 フランス語じゃない言葉は私には聞き取れない。それでも、この悪魔は確かにキレている。どうしよう、どうしよう。ピストルはまだ私に向けられている。私は丸腰だ。武器になるものなんか一つも持っちゃいない。足が竦む。立っていられない。
 「Hi セーシェル。お前はもうセシェルじゃない。セーシェルだ。この意味はわかるか?」
 「……ふ、ふら…」
 「フランスはお前を手放した。……くく、なんだこれ。お別れの挨拶でも貰ったか?」
 悪魔はテーブルに置きっぱなしになっていた手紙を手に嗤った。急いで手元を見ても、そこに手紙はない。騒動の途中手放しちゃったみたいだ。最悪だ。
 それでも私は悪魔を睨みつけることは出来ない。顔を上げることさえ出来ない。ただ恐ろしい。目の前の存在が怖い。フランスさんの時は、こんな風に感じたことはなかったのに。あの人はいつも優しくて、守ってくれて、気さくで、時々セクハラするけどそれでも、
 「反吐が出る」
 ビリビリ、ビリリ、リ。
 何かが破れる音がする。床に固定されていた視界に映るのは、文字が書かれた紙切れがパラパラ振ってくる光景。真っ白になった頭でもそれを理解するのに時間はかからなかった。
 「や、やめて!!」
 「こんな紙切れ一枚で条約は覆されない」
 「やめてったら!」
 「温い言葉を残して結局裏切る…その点では俺も同類か」
 「やめて、やめて…っ」
 「あいつは優しかったか、セーシェル」
 バラバラになった紛い物を必死にかき集める私を、冷たく、侮蔑するように見下ろす翠色の目。
 これが、大英帝国。
 「なぁ」
 イギリスは膝を折った。白い手袋をした手が、私の頬に触れる。目尻を親指で触れられて、眼球を抉られる恐怖に硬く目を瞑った。でも指は目尻の辺りを拭うように動くだけ。そこで漸く、私は自分が泣いていることに気づいた。
 驚いて無意識に目を開くと、必然的に目の前にはイギリスの顔があった。
 恐ろしいと思っていた。冷酷で感情など一欠けらも見えない、フランスさんとは真逆。
 「優しかっただろう?」
 そう言って、私の頬をゆっくり撫でる手は温かかった。先程はピストルが握られていた手。私に兵器を向けた手。けれどそれは、とてつもなく温かかった。
 涙で潤んで、イギリスの顔はよく見えない。翠色の目が細められていることくらいしかわからない。
 私はいつの間にかその手に縋って、ただ頷いた。フランスさんは優しかった。少なくともこの人よりはずっと。
 紙切れは私の腕から落ちて、またバラバラになった。

 「I know」。知らない言葉を口にしたイギリスさんは、それ以来私にピストルを向けることはなかった。



そんな馴れ初め。
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