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人生自分満足可其充分
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 アロウズとの戦闘は、日々激化している。
 最近はなんとか逃げ果せていたものの、それでも一回の戦闘の重さは計り知れない。五年前よりもガンダムは高性能、マイスターも腕が上がっているものの、それは相手も同じことだ。戦闘の度、頻繁にあちらは新型を投入してくる。しかもその大体が乗っているのはイノベイターだと、ティエリアは言う。
 これから世界はどのように変革していくのか。
 いや、どのように変革しなければならないのか。
 今は一時的に平和なプトレマイオスの私室で、刹那はベッドに座り込んでいた。

 最近まで、刹那は「自分は破壊しか出来ない」と決め込んでいた。実際、彼の生い立ちからして、ずっとそんな日々だったからだ。少年兵としてゲリラ戦に参加させられ、唯一生き残ってガンダムに拾われ、ソレスタルビーイングに入り、ガンダムマイスターとなり、世界の歪みを駆逐する。歪みの修正ではなく、破壊という方法で。
 だが今は違っていた。刹那は変革するために、守るために戦っている。刹那だけではない、他のガンダムマイスターも、トレミーのクルーもそうだ。ヴェーダの意志下から外れてしまった今、彼らは自己で決定し、判断し、戦っている。
 しかし、なかなか変化は訪れない。
 連合の情報統制はヴェーダによるものだ。だからこそ、隙などない。真実を報道しようとする人間がいたとしても揉み消されるのが関の山だとカタロンの構成員が呟いていたのを刹那は聞いていた。
 世界ある意味一つだった。知らないままで許される、残酷な世界で。

 薄暗い部屋に、急に通路からの光が差し込む。ゆっくり顔を上げると、そこには逆光で判別しづらいが、丸い球体と人が立っていた。
 「おいおい無用心だな。鍵開けっ放しだったぞ」
 「セツナ!セツナ!ゲンキカ!」
 ハロが両目を点滅させながらぴょんぴょんと跳ねて刹那の膝に落ち着いた。
 「ハロ。……ロックオン、何かあったのか?」
 「教官殿にあんたを見て来いって言われてね。怪我の方は大丈夫なのか」
 「ああ、問題ない。態々すまなかった…ハロも」
 膝にごろごろ転がるハロを撫で、抱かかえながら刹那は立ち上がった。向かうのはメディカルルームだ。スメラギから定時にはそこで医療カプセルに入るよう指令が下っている。最初はいつ戦闘が起こるか知れなかったから反対だったのだが、ティエリアやアレルヤにまで説得されてしまい、結局渋々その通りにしていた。
 ティエリアは他にも何が言いたげだったが、刹那は問い質そうとはしなかった。なんとなく、彼の言いたいことはわかっていたから。

 「…で、どうしてついてくる?」
 通路に出たきり、ずっと後をついてくる気配に刹那は足を止めた。言外に「訓練の方は終わったのか」と尋ねているのだが、あー…と言葉を詰まらせたロックオンに事情を察し、小さくため息をついた。
 「またか」
 「ロックオン、ティエリア、ナカワルイ!」追い討ちをかけるようにハロが喚く。じっと刹那に見つめられ、ロックオンは視線を泳がせるばかりだ。このやりとりも一体何度目だろうか。
 「暫くは落ち着いていると思っていたが」
 「……なーんか、かっかしてるみたいで、ほら、よく言うだろ。君子危うきに近寄らずってな」
 「意味がわらかない」
 「はぁ…最近あいつ機嫌悪いんだよ。あんたが怪我して帰ってきてからさ。訓練中なんかほんとにおっかねぇの。おかげで俺はその被害者ってわけだ。あんたのおかげで!」
 人差し指を刹那に向けて、ロックオンは心底だるそうに声高に言った。刹那はきょとんとして、それから少し考えるような仕草をしてから、「ああ、」と思い出したように呟いた。
 ティエリアが不機嫌な理由。それは刹那の怪我のこともあるが、彼が一番に気にしていたのは刹那の体に起きている異変だ。『細胞代謝障害』。今も刹那の体を蝕んでいるその異常は、本来なら刹那の命を十分に脅かすものだ。フォーリンエンジェル作戦において負傷したラッセも同じ際に立たされている。しかし刹那とラッセの症状の違いは、体内を侵す擬似GN粒子の量にあった。モビルスーツ同士の戦いで空気中に散布した擬似GN粒子を偶然取り込んでしまったラッセとは違い、刹那は致死量の擬似GN粒子が混入された銃弾で撃たれた。だから、刹那が今ここでこうして生きて、ロックオンと話している時点で既に異常なのだ。それを喜んで良いのかはわからないが、とりあえずその『異常』に刹那は救われ、ティエリアはその『異常』がわからなくて苛立っている。ヴェーダがない今、何もわからないことに誰より怯えているのはティエリアだ。
 「それは、すまない」
 「あんた、素直だよな」
 何が残念なのだろうか。ロックオンは肩を落としてハロを両手で弄んだ。
 「確かにティエリアは厳しいところもあるが、根は仲間思いで優しい。だから、そう悪く思わないでくれ」
 メディカルルームの扉が見えた。扉横の端末を入力し、室内に入る前に刹那はもう一度ロックオンを振り返った。
 「俺は治療に入る。お前も戻れ。まだ訓練中のはずだ」
 「いや、訓練は終わったんだ。途中で投げ出すなんかしたら、仲間思いさんにあとで何言われるかわかったもんじゃねぇからな」
 「…そうか」
 室内に入ると、完璧な空調と、清浄され切った空気が肌に触れる。いささか潔癖なそれを肌に感じながら、何台か置かれているカプセルのひとつに近づき、端末を操作する。治療と言っても、診療と、傷の消毒、細胞活性処置だけだ。擬似GN粒子を中和する技術はまだない。診療データは別室のデータベースに転送される。そこで粒子の進行状況を確認するが、刹那の『異常』は未だ解明されないままだ。
 「…まだ何かあるのか」
 上着を脱ぎつつ、刹那はロックオンを見やった。するとロックオンはハロをぽんぽんと投げ上げながらニッと笑った。
 「話そうと思っても、あんたなかなか掴まらないからな」
 「…何か話したいことでもあったのか?」
 インナーを脱ぎ捨て、適当に纏めておく。褐色の肌の右腕付け根にはガーゼが当てられていて、刹那はそれを少し眉間に皺を寄せながら外した。
 「兄さんのこと、聞かせてくれ」
 ガーゼを取り終えた刹那の手が、止まる。
 「……突然だな。これまで機会はたくさんあっただろう」
 「嘘つけ。あんたが一箇所で止まってることなんて殆どないだろうが。ブリーフィング終わったら即効でダブルオーのとこ行くわ、時々一緒になったとしても誰かがいるときくらいだ。一人でいるとこ見つけたら見つけたで、兄ちゃんに殴られてるときもあったし」
 「ああ、沙慈のことか」
 そんなこともあったな、と刹那はカプセルに横たわった。内側の液晶ガラスに表示されるのは治療と診察に要する時間。大体一時間かかることはザラなので、暇な故に寝てしまうこともあるのだが…。
 「なぁ。教えてくれよ、兄さんのこと」
 そう言ってハロを両手で押さえ俯くロックオン、いや、ライルは八歳年上にも関わらず、自分よりも幼く頼りなさげに見えた。
 だから、だろうか。刹那はためらいもなく是と答えた。
 「……だが俺は彼の全てを見ていたわけじゃない。それでも構わないのなら」
 「ああ、構わない」
 少し落ちた声のトーンに、ああやはり似ているな、と刹那は目を閉じた。
 思い出されるのは、ガンダムマイスターの顔合わせのときだ。

 まだ子供じゃないですか。
 そう言ったのは、たしかアレルヤだったか。あの時はあまり意識していなかったから覚えていない。「まだ子供」なんて言葉は初耳だったからだ。以前話したように、俺は少年兵だった。子供だからという理由で通用するような世界ではなく、それによって優遇されることなどまず有り得なかった。「まだ子供だから」ガンダムマイスターには相応しくないという、アレルヤの言葉が不思議でならなかった。子供と大人でくくられる世界など、無意味極まりないと思っていたから。
 アレルヤよりも厳しい目で俺を否定したのはティエリアだった。けれど彼は、「ヴェーダが選んだのなら」と渋々肯定していたな。その後の風当たりといえば、そうだな、初めあんたにされたのよりもきつかったと思う。まぁ今となっては昔の話だ。そう怯えるな。今のティエリアは、俺でも驚くくらい優しい。
 そして、ロックオン。ニールの方がいいか?…了解した。ロックオンは…よくわからなかったな。アレルヤのように「子供だ」と非難しなかったし、ティエリアのように不適正だと否定することもなかった。心の内ではそう思っていたかもしれない。
 『世界を変えたいんだろ』と尋ねられて、俺が答えると、『俺もだ』と言っていた。
 それから後で、俺は彼が世話焼きだということを思い知った。
 無理矢理相部屋にされたんだ。わかっていると思うが、もともと俺は人間関係がうまい方ではない。それを上が任務に支障が出ないよう解消しようとしたのか、人好きのいいロックオンと俺をよく組ませた。
 最初からうまくいってなかった。いい加減あきらめろと俺は何度も思った。上に進言して命令の撤回を求めたこともあった。だがそれを拒否したのは上ではなく、ロックオン自身だった。あんたの兄さんは随分あきらめが悪い。そこが、あんたとは似てないところかもしれないな。
 根気強かった。いや、もう自棄だったのかもしれないが。
 その上、世話焼きだ。食事は出来る限り一緒に、挨拶はきちんとすること、呼ばれたら返事。毎回口煩く言っていたな。…何を笑っている。
 ああ、苦手だった。いっそ逃げたいと思うくらいに。それでも唯一、あいつは俺の過去には踏み込まなかった。少年兵だったと言えば、それなりに人は詮索したがるものだ。だが、ロックオンはそうしなかった。当時のソレスタルビーイングはマイスターの個人情報はSランクの機密事項だったのもあるだろうが、たぶん、違う。
 そんな姿勢に、ティエリアもアレルヤも尊敬していたようだ。
 ロックオンは「今」を大事にしていた。だから過去には拘らない。そんな印象が強かったな。

 でもそれは間違っていた。

 情報が漏れたんだ。トリニティ…渡したデータに入っていただろう?スローネのマイスターが俺たちの個人情報を漏洩した。
 話しただろう。俺が嘗てKPSAの構成員だったと。あんたたちの家族を殺した組織の一員。ロックオンは仇をとりたがっていた。誰よりも過去に執着していた。…言い方が悪いな、すまない。
 だから俺は銃を向けられた。『本当なのか』と。事実だ。
 『仇を討たせろ。家族の無念を晴らさせろ』。ロックオンが俺に言った言葉だ。皮肉だった。これまで尽くしてきた子供が、仇だったなど。
 前に話したように、結局、ロックオンは撃たなかった。どうしてかは、わからない。でも、あの時ロックオンが撃っていたら俺はここにはいない。戦争根絶も出来ずに終わっていた。だから、感謝しているんだ。ロックオンにも、あんたにも。
 …すまない。
 それからロックオンは変わった。アレルヤもティエリアも変わった。俺も、たぶん変われたと思う。そうしたのはロックオンだった。
 誰にでも優しかったんだ。誰よりも頼りになった。教わることも多かった。みんなが彼を信頼していた。今もそうだ。
 ……だが、ロックオンは。ロックオンは、仇を忘れてはいなかった。アリー・アル・サーシェス。俺はそのとき地上にいたから、どうして奴とロックオンが交戦していたのかはわからない。きき目の右目は使えなかったのに。だが、サーシェスの存在を教えたのは俺だ。だからロックオンは深追いしたんだろう。仇を討つために。
 ロックオンは……。

 刹那は言い淀んだ。赤銅色の瞳を揺らし、逃げるように左腕で覆う。ライルは察した。ここで兄は死んだ。兄の物語は、そこで終わるのだと。
 「続きを」
 「……いいのか」
 「あんたが最期に看取ったんだろ。教えてくれ」
 分厚いガラス越しでもわかる。ハロを抱える手は強張っていた。

 「半壊したデュナメスの太陽炉を守るために、ハロを残して、ドッキングが解除されたGNアームズで、アリー・アル・サーシェスを撃った」
 これは、ハロのデータに残っていた。ライルもその映像は確認していた。割れたヘルメットに、顔色が悪そうな兄が、ハロに別れを告げ撫でていた。カメラの位置のせいかさかさまに映っていた兄がどんどん遠ざかっていく。ハロはデュナメスのプライオリティを獲得するためか、そこでカメラを切ってしまっていた。

 「俺は救えたはずだった。ロックオンを」
 そう言う刹那の声は若干震えている。感情的とまではいかないが、押し殺したような声音だ。
 「それで、兄さんは」
 このままでは刹那の懺悔が続きそうで、ライルは先を促した。今
刹那の懺悔を聞き続ける自信はない。いや、刹那は懺悔などしないだろう。自責を感じているならば、尚更そうだ。彼はそういう人間だ。
 刹那は暫く無言だった。瞳を覆う左腕を避けると、次には真っ直ぐライルへと向いた。
 「…刹那?」
 「おかしい。あのとき、チャンネルも無線も開いていなかったはずなのに」
 (ロックオンの声が聞こえた。)
 幻聴にしてはやけにリアルだった。宇宙空間に漂うロックオンの体。
 「『ライルの生きる未来を…』」
 「え…?」
 「ロックオンは、そう言っていた」
 そして自分には、『答えは見つかったのか』と。
 (あんたはどこまでもお人よしだったんだな。)
 「あいつが、ロックオンが最期に想っていたのは、家族と、あんたの未来だった」
 ライルの碧色が、大きく見開かれる。ぽたり、と一滴がハロの上に落ちた。俯き、唇をかみ締め、耐えるようにライルは背を丸めた。
 こんなに感情を表に出す彼は珍しい。けれど、これが本来の彼なのだろうと、刹那は目を細めた。ロックオンなら、ニールなら、きっと自分にしてくれたように、彼の頭を撫でるだろう。『三十路前の男が泣くなよな』とでも軽口を叩いて。
 医療カプセルが処置終了の電子音を鳴らす。控えめなそれは、ライルを現実に引き戻すには十分だった。ハッとした彼は、手袋に包まれた指で目を擦った。それを労わるように、ハロが擦り寄る。
 「ダッセーな、俺」
 恥ずかしそうにはにかむライルに、刹那はふっと表情を和らげた。カプセルが開き、上体を起こし、両足を地につける。
 「話してくれて、さんきゅ」
 「いいや…」
 すまなかった、と続けそうになった言葉を飲み込んで、刹那は上がらない右腕の変わりに左腕を伸ばした。
 「生きてくれ、ニールの分も」
 頭に弱く落とされた手のひらの感触は、今よりずっと前、幼い頃、ニールが撫でたそれとよく似ていた。まるで兄が目の前にいるような錯覚を覚え、ライルは刹那を凝視した。
 笑顔とまではいかない、それでも柔らかい表情が、ニールとだぶる。彼とニールは、まったく似ていないのに。
 「あんたの中に、兄さんはちゃんと残ってるんだな」
 思いついたままを言ってみせると、刹那は「ああ」と頷いた。

 みんなの中でニールは生きている。
 あんたはやっぱり俺の自慢の兄らしい。

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