朝。目が覚めたら泣いていた。
酷い夢だ。
己の腕の中には息絶えたルルーシュが冷たくなっていて、その身に剣を突き刺したままでいた。ふとよく見れば、もう一人も同じように串刺しになっていた。それは、アッシュフォードの学生服を着た、自分…いいや、枢木スザクが目を閉じて幸せそうに眠っていた。死んでいた。
そしてもう一人、剣を握る自分の手に爪を立てている幼い枢木スザクが泣きながら此方を睨みつけている。大きく口を開けて、何かを言っていたが、聴こえなかった。
どうやら自分は、思ったよりたくさん失っているようだ。
ベッドから起き上がり、照明を点ける。ここは地下。朝でも夜でも真っ暗だ。
そろそろ、身体が自由に動かなくなっている。食も細くなり、昔より随分白くなった肌の下の筋肉は殆ど萎えていた。筋や骨が浮き上がって見えるほどだ。
体重はもう量っていない。量るだけ無駄だと思った。減るにつれ、自分の死がカウントダウンされていくのを見続けるのは、結構辛いものだ。歩くにしてもよろよろで、この地下の部屋から地上へ出ることは一ヶ月に片手で数えるくらいしかない。
世界はゼロという存在を必要としなくなった。調和の象徴は、ゼロから世界協議の代表らへと移される。ゼロ自身がそう宣言してから、早五年。男は既に三十五年目の誕生日を迎えていた。
「内臓が弱っているようだ」とインド人の女医は診断した。「原因は強いGによる内臓圧迫」だそうだ。ゼロは昔、世界唯一の最強のナイトメアに搭乗していた。そのナイトメアはパイロットの能力を最大限に引き出すことだけを目的として作られ、その後の影響は考慮されていなかった。事実、彼はそれまで高性能の機体を難なく操り、それまで健康でいたのだ。科学的に人体が耐えられないと判断されていたことでさえ、彼にかかれば嘘に変わった。
しかし、結局俺も人間だったのだろう、とゼロは思う。十二年越しの“若げの至り”が今になって響いた。昔体力馬鹿と称された時代が懐かしい。今となっては、走ることすら叶わないだろう。
治療は薦められたが、拒否した。既にゼロとしての役目を終えた今、永らえる命など持ちえてはいない。またこの先、争いは起こるかもしれない。けれどそれを鎮静できるほどの十分な力を残したつもりだ。ナナリー・ヴィ・ブリタニアという遺産。そしてその補佐に、コーネリア・リ・ブリタニアとシュナイゼル・エル・ブリタニアも置いた。シュナイゼルのギアスは既に解除されているが、意外か、それとも不思議だったのか。彼は二言で了承してみせた。ナナリーの補佐につき、出来ることをすると。以前の彼にはなかった目の光をゼロは見た。
やれることはした。全身全霊を世界に捧げた。己の人格を否定し、象徴として在り続けた。
そしてもうすぐ、十二年にも及ぶ贖罪の道は終わる。
眠っていたばかりだというのに、激しい眠気に再び襲われ、ベッドに逆戻り。
息が浅く、呼吸が苦しい。倒れこむようにしてシーツの海に沈んだ。目は閉じていないはずなのに、視界は真っ暗だ。
俺は、今日死ぬのか。
仰向けになり、片手を胸に置く。
トクン、トクン、トクン、…トクン…、トクン…
弱まっていく鼓動が伝わり、酷く穏やかな気分になった。
見えない視界を更に瞼で閉ざし、もう一方の手も胸に置く。この部屋はナナリーには伝えてある。いつか、誰かが息絶えた死体を見つけてくれるだろう。
それからは…ああ、だめだ、何も考えられない。頭が働かない。
トクン、…トクン……トクン…………トクン…
手の感覚も既にない。耳に伝わる振動が、止まっていく心音を教えてくれる。
そろそろ、永遠の眠りにつく頃だ。死後の世界らしき場所は知っているが、出来れば地獄へ堕ちたいものだ。
きっと彼が待っているだろう、そこへ。
トクン…………トク…、…………。
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