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人生自分満足可其充分
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※本編が実は夢でしたーって話。要するに夢オチ。出てくるのはスザクさんとジノさんのみ。

080925 加筆修正 長いので折りました。

 「おはよう、スザク」
 「おはよう、ジノ」

 レースのカーテンからは太陽の光が風と共に柔らかく差し込む。フローリングの廊下でばったり会った同居中の友人に、スザクは片手を上げた。これから呼びに行こうと思っていたんだと、ジノは笑いながら言う。今日の朝食の当番は彼だったっけ、とスザクはダイニングに入ると冷蔵庫に張られたカレンダーを見遣る。今日は奇数週。確かに当番はジノだった。テーブルには、洋食皿にハムエッグとトースト、装飾のないガラスのコップに入ったミルクがクロスの上に並んでいる。ジノとスザクはそれぞれ向かい合うようにして席についた。
 「今日は珍しく遅かったんだな」、とジノがトーストを頬張りながら言う。
 「朝シャンもしてたみたいだし。昨夜は風呂に入らなかったのか?」
 「いや…ちょっと寝汗が酷くてさ」
 最初にミルクに手をつけて、スザクはハムエッグからハムだけを取り口に入れた。
 「昨日は涼しかった方だと思うけどなぁ」
 「寒いくらいだったんだけどね。ちょっと夢見が悪くて」
 苦く笑いながら、スザクはトーストを千切った。ふぅん、とジノはさして興味もなさげにミルクで口の中の物を流し込む。あっという間に、彼のトーストはなくなっていた。
 「もう一枚焼こうか」とスザクが提案するが、ジノはかぶりを横に振った。
 「もうこれだけなんだ。食パン。丁度休日だし、今日は買い物行こうな」
 「ごめん、気付かなかったよ」
 「いいよいいよ」、とジノは笑う。スザクは行き着けのスーパーのタイムサービスを思考しつつ、傍らに置かれた分厚い新聞紙の中から殆ど赤色で彩られている広告を引き抜き、食品欄に目を光らせる。一方、言いだしっぺのジノはテレビ欄を覗いていた。しかし、それにもすぐに飽きて、座椅子の背もたれに体重をかける。
 「どんな夢だったんだ?」
 スザクはぴたりと動きを止めて、ジノを見上げる。
 「あ、覚えてない、か」
 自分の経験を元にした発言なのだろう、ジノはウェーブのかかった襟足のところを掻きながら呟いた。「いいや、」とスザクは何故か賺さず否定した。すると、ジノの手も動きを止める。
 「覚えてるよ。…知りたい?」
 意地悪を込めて言うと、ジノは子供のように「知りたい知りたい!」と身を乗り出した。図体は同じ男として妬んでしまうくらいガタイがよく、たった一つしか歳が違わないはずなのに、この男はどうも子供心に好奇心旺盛だ。昔の自分を見ているようだと、幼馴染がいつか言っていた。
 スザクは今朝見た夢を頭の中で再生しながら、広告誌から手を放した。
 「君と僕がブリタニアの軍人だった」
 ぶっ、とジノが吹き出す。「それはまたすごい設定だな」と、面白そうに頬杖をつく。ジノもスザクも、ここブリタニアの学生だ。ブリタニアでは、軍人になるには二十歳を超えなければならない。特に戦役はないため、殆ど駐留任務が多い。
 「ああ、本当に。色々とすごかったよ。君の身長の五倍くらいあるロボットに乗って敵国と戦うんだ。いっぱいいっぱい戦ってた。日本の上空でさ」
 「スザク、アニメの見すぎじゃないか?巨大ロボットって、日本のアニメにそんなのあったな」
 「ジノ、聞くつもりあるのか。こ、れ、は、ゆ、め、だ!」
 少し怒気を含ませながら、スザクは強調する。ジノは誠意のない謝罪を繰り返しながら、続きを促した。
 「夢の中では、僕と君は仲間で、同じ立場だった。君は…リアルに君だったよジノ。ただ君より世間知らずだった気がする。貴族だったから」
 ひゅぅ、と冷やかすような口笛が鳴る。
 「俺が貴族!なんでもありだな」
 「だから夢だって。…それから、色々いざこざがあって。大量破壊兵器とかが作られたせいで、ブリタニア以外の国が手を組んで、敵対してた。ブリタニア内でもクーデターみたいなのがあってさ。僕は皇帝陛下暗殺を命じられてた。僕は従った」
 「主君を殺せって言われてるのに?スザクすげー」
 「…訂正。夢の君よりも君の方がもっと薄情だ、ジノ」
 「それで、結局どうなったんだ?」
 ジノはさして気にしなかったようだ。スザクは溜息をつきながら、「失敗した」と言った。
 「強い軍人にこっぴどくやられてさ。それからは、余り覚えてない。
 次にはっきり覚えているところは、そうだな。僕は新しい皇帝の武官になってた」
 「は?」
 余りに突飛した話なせいか、ジノはもう着いていけないという顔をした。そんなの、自分だってそうだ。スザクは無視して話を進める。
 「その新しい皇帝は、前の皇帝を殺したんだって。だから、僕はそっちについたのかもしれない。もしかしたら命の恩人だったのかも。でもやっぱり、皇帝を殺したから自分が皇帝だなんて言われても誰も認めない。でも彼は力でねじ伏せた。ジノは、そうだな。旧皇帝派と一緒に亡命してたよ」
 「スザクはしなかったんだ」
 「そりゃあ、暗殺に失敗した人間だからのこのこ帰ったらリンチだよ。新しい皇帝はブリタニアが嫌いだったから、国内を混乱させた。やがてブリタニア以外の国に協力するどころか全部敵に回して、彼は世界の悪になった」
 「ラスボスか。夢の中のスザクはそれを黙って見てたのか?お前がそんなことするとは思えないけど」
 「自分でも不思議なんだ。…でも、僕はそれを止めなかった。何か、彼と約束してた」
 「約束?」
 「覚えてない」
 スザクは残り半分になったトーストを一口齧りついた。
 「世界中が新しい皇帝に敵意を持っていた。勿論、旧皇帝派は、そっちについたよ。ブリタニアの主権をかけて、旧皇帝派は大量破壊兵器をたくさん使った。いっぱい人が死んでた」
 「それ、なんか違くないか。俺には旧皇帝派が悪役にしか見えないんだけど」
 「でも、それが霞むくらい、新しい皇帝は悪行を働いてたんだ。人を力で操って、裏切って、軍人も使い捨てのような駒扱い。彼のその行動に巻き込まれた人々はみんな彼を呪ったし憎んだ。僕もその一人だった」
 「なのに、なんでスザクはそっちについちゃったんだ?」
 「約束があったんだよ。きっと。覚えてないけどね」
 ジノは頬杖の体勢に疲れたのか、テーブルに突っ伏すような体勢でスザクを見上げた。
 「戦場で君と僕は戦ったよ」
 「どっちが勝った?」
 「僕」
 即答に、ジノは「うわー何それ」と不満そうに脱力した。
 「でもいい勝負だったよ。戦術というより戦略だった。君は君の仲間に、僕と同じくらい強い人に後を任せた。大丈夫、君は生きてた」
 「殺さなかったんだ。敵なのに」
 「夢でも君とは仲がよかったんだ。殺せるわけないよ。…君達は僕を捕獲するつもりだったらしいけど。
 君の切り札に、僕は手酷い痛手を受けた。でも死ぬわけにはいかなかったから、ひたすら計画の成功を待った」
 「計画?約束とはまた違うのか?」
 「これは覚えてるんだ。新しい皇帝は、初めから死ぬつもりだった」
 何、それ。とジノは目を丸くした。
 「本当に死ぬつもりだったのか、それとも彼という存在を殺すつもりだったのかは曖昧なんだ。とにかく、計画の最終目的はそれだった。彼は玉座に長く座るつもりはなかったってこと」
 「なんだそれ。勝手な奴」
 「本当にね。でも大量破壊兵器を残すわけにはいかなかったから、彼はその製作者と共謀してデータを全部壊した。爆弾も全て。旧皇帝派の頭は…どうなったんだろう。わからないけど。僕は彼の計画終了の合図をずっと待ってた。
 ああ…そうだ。僕はずっと死にたがってた。だから、計画が終わったら死ぬ気でいた。生き残っても、世界を敵に回してしまった僕はどうやっても死刑は免れないだろうから」
 「やけにリアルだな」
 「うん。でも僕はなんとなくその時死にたくなかった。理由は君だったよ」
 「俺?」
 うん、とスザクは頷いた。
 「でも、計画終了の合図がきて、僕は死んだ。どうやって、かは覚えてない。そこで目が覚めた」
 怖かったよ、とスザクは力なく笑う。顔色が少し悪かった。
 「おかしいね。夢の中の僕は、ずっと死にたがっていたのに」
 すっかり冷たくなってしまった目玉焼きを口に運び、食事を再開した。まるでなんともないように。けれど、スザクの手は心なしか震えていた。夢の恐怖が、またぶり返したのかもしれない。
 「すごい夢だな。その皇帝が悪役なのに、なんか、ただの悪役じゃない感じだ。だって、そいつがいたおかげで、ある意味世界は一つになった。これって凄いことだ。そりゃ、犠牲はなかったことには出来ないけど」
 「…実際、そうだったのかもしれない。僕達はただ優しい世界がほしかっただけだ」
 「すっかり感情移入しちゃったんだな、スザクは」
 語尾が弱くなるスザクの頭を、ジノは大きな手でくしゃくしゃと掻き混ぜた。
 「でもただの夢だよ、スザク」
 俯いていたスザクの瞳が、テーブルに突っ伏したせいで目下にあるジノの細められた空色を捉えた。
 「夢の俺が俺だったら。きっとスザクについてった。スザクが話してくれなくたって、話してくれるまで説得したし、粘った」
 「裏切り者の僕は君の仲間を殺すのに?僕は君の祖国を壊す手伝いをしたのにか」
 ジノは押し黙った。けれどすぐににこりと笑った。
 「それは夢の中のスザクがしたことだ。お前はそんなことしない。でも俺は、その夢の中の俺に叱ってやりたいと思うよ。なんでもっと信じてやれなかったんだって。せめて何か吐かせろよって」
 存外に、「夢のお前とお前は別人だ」と言われているような気がして、スザクはくすぐったい気持ちになった。
 普段は楽観的すぎやしないかと思うくらいの彼のポジティブさには、よく救われている。
 「……ただの夢なのに。君は馬鹿だな。もっと自分本位であるべきだ」
 「スザクに似たんだよ」
 ぽんぽんと亜麻色の癖毛を撫ぜて、「さあ早く食べてしまえ」と中身が半分になったスザクのコップへとミルクを注ぐ。ありがとう、とスザクはそれを受け取って、トーストの最後の一切れを流し込んだ。年下なのに、背が無駄に高いのと白人特有の精悍な顔つきのせいか、時折見せる大人びた仕草がどうしても様になっていて、年上としては少し悔しくなる。それでも、現実の彼と夢で見た彼とのギャップは大きい。寧ろ、ジノが夢の中のスザクとスザクは別人だと言うように、スザクも夢の中のジノは到底目の前のジノとは似ていなかったと思う。姿かたちは一緒だった。けれど、自分の知っている彼ではなかったアレと、不本意な行動ばかりしていた夢の中の“スザク”は、所詮ただの夢に過ぎないのだ。IFにもなりえない、出来の悪い夢境だ。
 そんなことで落ち込んでいた自分が馬鹿らしい。
 「ありがとうジノ」
 「なにが?」
 「随分、楽になったよ」
 そう言う顔色はすっかり元通りだ。
 また夢見が悪くなったら言えよ、と金髪頭は上体を起こし、にやりと笑った。
 「なんだったら添い寝もしてやるよ」
 「君のその身体を考えてくれ。ベッドが狭くて余計に眠れない」
 さあ早くしないとスーパーのタイムサービスが始まってしまう。ご馳走様、とスザクは両手を合わせた。
 他愛のない会話から、今日も平和な一日が始まるようだ。


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