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 トウキョウ租界からそれ程離れていない、他のゲットーとは違いほぼ無傷の“外”の集合団地の一室を、ヒルダ・ログリエは間借りしていた。

 「クルルギ、クルルギ…ああ、旧日本の首相と同じ名前」
 じゃああんたはその子供、と得心いったという顔をして、ヒルダはバスタオルに包まれたスザクの頬を指で刺した。スザクはぴくりとも反応しない。普通なら、嫌がるくらいはするのに、ここに連れて来られる間もこの少年は無表情で無抵抗だ。
 敗戦国の人間は侵略国の人間である者に戦争の当事者でなくとも憎悪を向けるものだが、この子供は違った。空っぽなのだ。けれどそれは、彼の出自を考えれば当然かもしれなかった。

 終戦して一年。嘗て日本の首都とされていた東京には瞬く間に「トウキョウ租界」が建設され、政庁もそこに置かれた。一見そこだけ見れば、租界はブリタニアそのものだ。しかし一歩租界から足を踏み出せば、世界は一転する。見渡す限り瓦礫の山、まだ回収されていない身元不明な死体はごろごろ転がっている。悪臭の中、嘗て日本人と呼ばれたイレブンは最低限の生活水準が維持されていない環境での生活を強いられている。時折、良心的な民間の現地ブリタニア人がボランティアで救済活動を行っているが、それすら間に合ってはいない。これが国や貴族などがサポーターとしているならば話は別なのだが、いかんせん、国柄か皇帝始め、地位の高い人間はそのような微温湯を嫌う性質だ。最近になって、イレブンによるレジスタンスやテロも活発になっているのも手伝い、現地駐留部隊から弾圧を受けるイレブンの生活水準は低迷の一途を辿るばかりだ。
 だので、この少年のような子供はヒルダもよく見かけていた。だからといって手を差し伸べようなどとは思わなかったし、この子供を連れて来たのだって、政庁から軍人に連れられて出てきたのを見て興味をひいただけの、要するにただの気紛れだったのだ。

 それがまさか、亡国の主の忘れ形見だとは思いもしなかったわけだが。

 またとんだ当たりを引いたものだ、と小さく溜息をつきながら、ヒルダはベッドに座る少年と目線を合わせるように長い足を折った。
 「ブリタニア語は分かる?」
 駄目元で自信のない日本語で尋ねると、意外にも、少年は首を縦に小さく振った。なら話せるか、と訊けば、これも同じように反応を示した。
 よく出来た子供だ、とヒルダは笑ってタオル越しにやわらかい髪の毛を撫でてやった。
 触れられたことに驚いたのか、少年の小さな体はおかしなくらい大袈裟に震えた。ヒルダの貸したシャツと短パンから見える腕と足には痛々しい程の擦り傷と青痰が主張している。足もふらついていたし、風呂に入れた時はぞっとするくらいあばらが浮き出ていた。体を清める間、傷が痛むだろうに少年は抵抗もせずにいるのを見て、ヒルダは人形を風呂に入れているみたいで気味が悪い、と素直に思った。

 ダイニングのテーブルに出されたまま、口に付けられていない米の流動食は既に覚めている。横に置かれたコップの中に入っていた水は空っぽだ。少年、スザクはここに来て水しか手をつけなかった。
 もっと飲みなさい、とヒルダが勧めたものの、二杯目以降、スザクは吐いた。一体どれ程食物を口にしていなかったのか。これまで生きていられたのが不思議なくらいだ。
 「持ち物はこれだけ?」
 ベッドの脇に置かれたリュックを示すと、スザクは声を出さずに頷いた。先程本人の了解なしに中身を確認させて貰ったが、入っていたのは中身のない携帯食の殻と異臭を放つ空っぽの水筒、身分証明書、古びた彫刻のされた高そうな懐中時計。
 スザクは細すぎる腕でリュックを受け取ると、中からごそごそと何かを取り出した。懐中時計だ。それを大事そうに、ぎゅっと握る。そういえば、ここに来る途中、サイドカーで握り締めていたのはそれだった気がする。余程大事なものなのだろう。ヒルダは双眸を細めた。
 「お腹減らない?」
 「……食べられない」
 漸く、スザクはたどたどしく口を開いた。細々とした声は唇と同じように枯れている。
 「じゃあ、あとでまた作ってあげる」
 無理強いすればきっと先程のように吐き出してしまうだろう。ヒルダはスザクの顔を覗き込んだ。そこに表情は無い。どこかに捨ててきてしまったかのように、ごっそりと抜け落ちている。
 ごめんなさい、と口が動く。掠れすぎて、音にさえなっていないが、ヒルダは笑みを浮かべながら構わない、と頭を撫でた。小さな体は強張りを解かないが、先程のような大袈裟な拒絶ではないことに少しばかり安堵する。
 「ベッド、使って構わないから。今日はもう寝てしまいなさい」
 細い首と骨ばった背に手を添えながら、小さな体を横たえてやる。外見だけで見れば九歳か十歳くらいだと推測されるが、女のヒルダでも驚くくらい、子供にしては軽すぎるその重さが痛々しい。

 ベッドに横たえられた後も、スザクは目を閉じようとはしなかった。手にはずっと懐中時計が握られている。部屋に戻ってきた時には既に日は傾きかけていたが、夜になり、日付が変わり、夜が明けそうな時刻になって、漸く子供は目を閉じた。その間、ヒルダはずっと懐中時計の握られていない方の手に自分の手を重ねていた。
 

 午前四時を過ぎた頃、窓から漏れる青い光の下、小さすぎる子供はやっと寝息をたてた。
 

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あれー過去編いっちゃったよ(笑)すいませんあと一話で終わらない。頑張る。  
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