明日の夜までに配置図を覚えろ。それが今夜の課題だと、アーニャは寄越した。無論あの後、特務総監ベアトリス・ファランクスにアポを取った。
「僭越ながらお尋ねしたいことがあります。今回承った任務、護衛はわかりますが、監視とはどういう意味でしょうか」
「いつも命令には従順に従う貴方が珍しい詮索をするのね」
理知的な眉の片方を上げながら、ベアトリスは冷たい声音で言う。ジノはこういう女性は苦手だというが、スザクは一兵卒であったことやその境遇からして、色んな意味で耐久はついていた。そりゃあ、好きな部類ではないが、苦手な部類でもないのだ。
「…自分には明かせない、ということですか」
「いいえ。どうせあの娘のこと、貴方には話さなかっただけでしょう」
あの娘、とは恐らくアーニャのことだろう。まったく、といった風にベアトリスはわかりやすいため息をついた。セシルのような悩ましげなものではない、面倒くさい、そんな感じだ。
「現在の皇帝陛下の時代から、ブリタニアという国はこれまで数々の国という国を潰し、貪り、掌握してきたわ。普通、何十年か前まで一国家であったブリタニアが、突然何故そんな偉業を成し遂げることが出来たのか、わかるかしら」
「…軍事力の拡大、でしょうか」
「三割方正解ね。元々、科学的に頭角を現していた国であったことや、逸早い人型装甲兵器の開発もそう。けれど、それは結論の域を出ない。では何故、諸外国を凌ぐ勢いで国力が上がったのか」
そこでスザクは、エリア11で短期間通っていた学園の生徒会長を思い出した。アッシュフォードは確か、元帝国貴族。一般に言う没落貴族だ。学園祭でガニメデを貸し与えられたときに、何故学園にこんなものがあるのかとぼやくと、ミレイは苦笑を浮かべながら、自分の家は昔ナイトメアフレームの開発研究をしていたと言っていた。しかしガニメデを実戦投入されていないことを見る限り、恐らく敵対する開発チームに負けた、ということなのだろう。
国を豊かにするためには、外部への意識はもちろんだが、より前提とされるのが内部での競争でどれだけ生き残れるかだ。何事においても、お互いを蹴落としながら高め合い、やがて頂点に達した者が、結局は覇者となる。
となれば、ブリタニアが二十何年にして植民エリアを拡大できた理由はただひとつ。
「………内部抗争、ですか」
「そう。皇族や貴族だけでなく、企業も軍もみんな同じ。陛下は真っ先に国の方針を変え、その方向へと誘った。だから貴族だって失態を犯せば簡単に爵位を剥奪される。私が生まれる前のブリタニアならきっとありえなかったことね。弱者は情けさえ与えずに切り捨てる。そこに、今のブリタニアの強さがあるのよ」
「それが、今回の監視の理由だと」
「話が早くて助かるわ。貴族といえど陛下に仇名す様な不穏な動きは見過ごすわけにはいかないの。だからこういう大きな夜会には必ず“番犬”としてラウンズも出席するのよ。これで納得されたかしら?」
嫌味な内容なのに、ベアトリスが言うとなぜかしっくりこさせた。スザクははっきりと「Yes, my lord.」と軍式の敬礼をして青色の外套を翻した。
「枢木卿」
扉に手を掛ける直前、後ろから呼び止められて身体半分振り返る。
「本来これはナイトオブシックスに託されるはずの任務だったの」
前触れもなく引き合いに出されて、スザクははっきりとはわからない程度に顔を顰めた。ベアトリスは澄ました顔で続ける。
「実をいえば、名誉ブリタニア人の貴方に、行かせるべきではないと思っている」
「…自分もそうだと思っていましたが」
「えぇ。だからこそ、念を入れておくわね」
ベアトリスの両の瞳がぎらりと光る。その鋭さに、スザクは無意識に身体が固まるのを感じた。
蛇に睨まれた蛙。そんな気分だ。
「所詮ナンバーズだと侮られ、陛下の剣であるラウンズの名を傷つけることは許さないわ」
目は本気だった。元ラウンズの鋭い眼光はきっと引退したところで衰えてはいない。
「はっ!」
再度敬礼し、スザクはその部屋を後にした。
無論、侮られてやる気など毛頭ない。
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また地味に続く。
ベアトリスさんがよくわからない。
「僭越ながらお尋ねしたいことがあります。今回承った任務、護衛はわかりますが、監視とはどういう意味でしょうか」
「いつも命令には従順に従う貴方が珍しい詮索をするのね」
理知的な眉の片方を上げながら、ベアトリスは冷たい声音で言う。ジノはこういう女性は苦手だというが、スザクは一兵卒であったことやその境遇からして、色んな意味で耐久はついていた。そりゃあ、好きな部類ではないが、苦手な部類でもないのだ。
「…自分には明かせない、ということですか」
「いいえ。どうせあの娘のこと、貴方には話さなかっただけでしょう」
あの娘、とは恐らくアーニャのことだろう。まったく、といった風にベアトリスはわかりやすいため息をついた。セシルのような悩ましげなものではない、面倒くさい、そんな感じだ。
「現在の皇帝陛下の時代から、ブリタニアという国はこれまで数々の国という国を潰し、貪り、掌握してきたわ。普通、何十年か前まで一国家であったブリタニアが、突然何故そんな偉業を成し遂げることが出来たのか、わかるかしら」
「…軍事力の拡大、でしょうか」
「三割方正解ね。元々、科学的に頭角を現していた国であったことや、逸早い人型装甲兵器の開発もそう。けれど、それは結論の域を出ない。では何故、諸外国を凌ぐ勢いで国力が上がったのか」
そこでスザクは、エリア11で短期間通っていた学園の生徒会長を思い出した。アッシュフォードは確か、元帝国貴族。一般に言う没落貴族だ。学園祭でガニメデを貸し与えられたときに、何故学園にこんなものがあるのかとぼやくと、ミレイは苦笑を浮かべながら、自分の家は昔ナイトメアフレームの開発研究をしていたと言っていた。しかしガニメデを実戦投入されていないことを見る限り、恐らく敵対する開発チームに負けた、ということなのだろう。
国を豊かにするためには、外部への意識はもちろんだが、より前提とされるのが内部での競争でどれだけ生き残れるかだ。何事においても、お互いを蹴落としながら高め合い、やがて頂点に達した者が、結局は覇者となる。
となれば、ブリタニアが二十何年にして植民エリアを拡大できた理由はただひとつ。
「………内部抗争、ですか」
「そう。皇族や貴族だけでなく、企業も軍もみんな同じ。陛下は真っ先に国の方針を変え、その方向へと誘った。だから貴族だって失態を犯せば簡単に爵位を剥奪される。私が生まれる前のブリタニアならきっとありえなかったことね。弱者は情けさえ与えずに切り捨てる。そこに、今のブリタニアの強さがあるのよ」
「それが、今回の監視の理由だと」
「話が早くて助かるわ。貴族といえど陛下に仇名す様な不穏な動きは見過ごすわけにはいかないの。だからこういう大きな夜会には必ず“番犬”としてラウンズも出席するのよ。これで納得されたかしら?」
嫌味な内容なのに、ベアトリスが言うとなぜかしっくりこさせた。スザクははっきりと「Yes, my lord.」と軍式の敬礼をして青色の外套を翻した。
「枢木卿」
扉に手を掛ける直前、後ろから呼び止められて身体半分振り返る。
「本来これはナイトオブシックスに託されるはずの任務だったの」
前触れもなく引き合いに出されて、スザクははっきりとはわからない程度に顔を顰めた。ベアトリスは澄ました顔で続ける。
「実をいえば、名誉ブリタニア人の貴方に、行かせるべきではないと思っている」
「…自分もそうだと思っていましたが」
「えぇ。だからこそ、念を入れておくわね」
ベアトリスの両の瞳がぎらりと光る。その鋭さに、スザクは無意識に身体が固まるのを感じた。
蛇に睨まれた蛙。そんな気分だ。
「所詮ナンバーズだと侮られ、陛下の剣であるラウンズの名を傷つけることは許さないわ」
目は本気だった。元ラウンズの鋭い眼光はきっと引退したところで衰えてはいない。
「はっ!」
再度敬礼し、スザクはその部屋を後にした。
無論、侮られてやる気など毛頭ない。
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また地味に続く。
ベアトリスさんがよくわからない。
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